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矢幡洋の精神医学と心理学

学術的なことをかみ砕いたり、日常生活にお役に立てる知識まで幅広く扱います。これまで出した本の初期稿(出版されたものより情報量は多いです)や未発表原稿を連載しますので、何かしら新しい記事があります。本ブログは他にあり、読み切り本気記事はタイトル・サブタイトルが「|」の形で更新情報をお伝えします

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精神科医の用心した方がいい5つのパターン | 玉石混淆の中で良医を見分けるチェックポイント

 

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臨床心理士として、いい精神科医、やばい精神科医を結構見てきた 

 僕は臨床心理士だが、精神科病院に10年近く勤めたので、その間、様々な良い医者・悪い医者に会った。精神科ほど、医者によって腕の差が出る診療科はないだろう。そこで、 「これだけは避けた方がよい精神科医」のタイプをいくつか挙げる。

1 、不思議な話が大好きでほじくり返してはもっともらしい解釈をする精神科医

  精神疾患の現象のなかには、確かに不思議なものも多い。だが、もしあなたが不思議な話をして、精神科医が耳をそばだててきたのなら、用心した方が良い。
 まず、統合失調症系統の病気の場合、発病時の体験は確かに不思議なものが多い。だが、それをクライアントに話させる事は、その時(発病時)の心境に近づけかねない危険なことである(中井久夫による) 。
  解離性障害と呼ばれるものも、精神科領域のミステリーゾーンであるが、これについても精神科医がはなさせようとしてきたら、さっさと切り上げた方が良い。

不意に奈緒の声ががらりと変わった。それは、奈緒の口から一度も聞いたことがない声だった。半分、男の声が入り混じったような、どこかの深淵から出てくる声だった。僕は背筋が寒くなるのを覚えた。声は、先ほどよりもはっきりとしていた。それでも、意味が聞き取れない。ただ、語尾に「○○じゃ」「○○じゃ」という古風な言い回しが続くのだけが聞き取れた。

亡霊?もしかすると、この安アパートの一室は、古くからさまよえる苔むした魂が満ち、僕の後ろには血が染み込んだ鎧をまとい、恨みを抱いた武者ががらんどうのような瞳で僕を見下ろしているのかもしれない。

僕は恐怖に凍り付いたまま、無表情の奈緒の呪言を聞き取ろうとしていた。だが、僕の中に事態にあらがうものが頭をもたげていた。これは、神託でも呪いでも憑依でもない。そこに、意味を探してはならない。

矢幡洋著・『病み上がりの夜空に』 【第5回】僕の章―廃墟(その2)僕は奈緒に感謝していた。奈緒と一緒になってから僕は少しずつ真人間になってゆく | 立ち読み電子図書館 | 現代ビジネス [講談社]

 

 これは、ついつい「交代人格か? 」などと、不思議マニアの気をそそる現象ではある。だが、こういった体験に「過去に、トラウマがあるのでは? 」などと掘り返そうとしてくると、本当に危険なことになる。


  アメリカでは、 「多重人格とは、暗示にかかりやすいタイプのクライアントに対し、不思議大好きの精神科医がマニアックな解釈を加えた結果強化されてしまった医原性の人工現象である」とするのが正当な精神医学の主流である。

  参考までに、脳科学者ラマチャンドランがこんなエピソードを述べている。
  人間の右脳と左脳は、それぞれ片方だけでもなんとか機能することはできる。ラマチャンドランは、「右脳と左脳を結ぶ脳梁のトラブルによって、右脳と左脳が別々に働く現象があるかもしれない」と思いついて、知り合いの精神科医に電話した。 「多重人格というものがあるそうだが、常に、 2つの人格に分かれるのかい? 」 「いや、多重人格というのは、もっとたくさんの人格に分かれる」-ラマチャンドランはすぐに電話を切った-「ありえねぇ」。


 上に引用した妻の経験についても、僕は今回の本に書くまで、 1度も「こんなことがあったよ」という事は言わなかった。そして、それは二度と起こらなかった。もし、この体験についてあれこれほじくっていたら、 「交代人格」が合成されていたんだろうな、と僕は思った。 「不思議な話」は、注意を向ければ向けるほど栄養を与えられて領域を大きく広げ、注意を向けなければやがて遠ざかって行く。
 少なくとも、 「不思議経験」を聞き出そうとする精神科医は、あなたを治療することよりも、自分自身の興味を満足させようとしていると考えた方が良い。

2 、特定の心理療法をやりたがる精神科医


  精神科医のなかには、臨床心理学に奇妙な思い入れを持っている文系崩れがたまにいる。特定の心理療法を熱心に推奨してきたり(あるいは、やろうとしたり)する精神科医は要注意だ。日本の医学部で特定の心理療法をマスターできるまでトレーニングしているところなど聞いたことがない。まず、本などから聞きかじった中途半端なものに過ぎないことが多い。

 僕は、薬物療法に誇りを持ち、心理療法に関しては胡散臭いと思っているくらいの精神科医の方が信頼できると思っている。ニュートラルな薬物療法以上の「○○主義」にかぶれているのは、クライアントの病状よりも「○○主義」「××療法」を遂行することをポリシーにしている可能性が高く、こういう精神科医はやめた方が良い。

3 .お説教の多い精神科医

  治療がうまく行かない時に必ず「君が、私の言った通りにしなかったからだ」とクライアント攻撃に転じる。自分自身の処方の見直しなどまずやらない。断定的な物言いをする精神科医も要注意である。

 「気をしっかり持って」「自暴自棄にならないで」などの精神主義的な実質お説教をする精神科医も、かなり勘違いしている部類である。「それができないから、ここに来てるんじゃないですか~」と思いながら、黙ってお説教をきかされるはめになる。

 「自殺はしないと約束してくださいね」と言ってくるのは非常に微妙。実は、これは訴訟社会アメリカで万一自殺された時に遺族から「通院させていたのに・・・医者に責任がある」と訴えられないために言え、とマニュアル化されているもの。まぁ、そういうことは知っている医者とは言えるだろう。だが、「そういう約束をしてもクライアントに自殺される可能性はほとんど変わらない」と調査結果があることまではご存じないのかも。脅しが感じられる口調で言ってくるなら、ダメダメだろう。

4 .専門用語を多用する精神科医

 すぐに病名を告げるような精神科医もやや用心した方が良い部類である。よほどのはっきりとした根拠がない限り「いちどお会いしただけでは、すぐにわからない。とりあえず、この薬を飲んでその結果を教えてもらえれば、もう少し突っ込んだことが言えると思う」と言う結論を急がない精神科医の方が無難である。診断名をいちども口にしない精神科医であってもそれはそれで構わない。

 

 むしろ、やたら専門用語を使いたがる精神科医の方が、クライアントと一緒に知的なお遊びをやりたがっている場合もある。あまりに込み入った「○○が××だから、それが△△を引き起こして・・・」と言うような説明は怪しい。そんなに、原因がはっきりしていて、因果関係の糸が引けるようなものでは無い。そういう説明が可能だと信じている精神科医は、たいてい「○○が××だから、○○に□□をすれば良い」というような検証不可能な思い込みに固執しやすい。(とにかく「文系崩れ」には用心しよう)

5 .人の話を聞かない精神科医

 結構多い。自分の意見ばかりをしゃべりまくっているのは、用心した方が良い。また、聞いているようで、返してくる言葉を聞くと、こちらが伝えようとしている事を自分流に曲解しているトンチンカンであることも珍しくない。

 

 「医者というのは、お薬を出す人である」- 僕が今まで見てきたうちでは、 薬物療法を丁寧に行う医者が最良だった。クライアントの訴えをよく聞く。処方した薬物によってクライアントが改善したのかどうか、丁寧に聞く。その情報に基づいて処方をこまめに調整する(「この量が良い」と分かった後は、めったに薬を変えない、という場合があるが) 、クライアントから薬の特徴や副作用について質問されたときには丁寧に説明する。(以上の基本を守っている医者であれば、薬の量が多いかどうかで善し悪しははかれないと思う。本当に多くの薬を必要とする場合もある。薬を多めに出しても、副作用が出たら、すぐに変更してくれるなど「ちゃんとやってくれている」のであれば、問題ないと思う)

  そして、自分の主義主張よりも「クライアントの状態が前よりも改善されているかどうか」という課題に忠誠を捧げる職業人であること。


  もし、残念なことに、あなたが精神科医にお世話になる事態になったら、そういう医者が良い医者である。余計なことはやりたがらない方がいい。薬を真面目に出す医者が、良い医者である。(以上のことは、「もし選ぶ余地があるのなら」という前提の上での話である。残念なことに、担当があまり腕の良くない精神科医であることがわかっていても、主治医の交代を望めない環境にある人が多いことも確かである)