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矢幡洋の精神医学と心理学

学術的なことをかみ砕いたり、日常生活にお役に立てる知識まで幅広く扱います。これまで出した本の初期稿(出版されたものより情報量は多いです)や未発表原稿を連載しますので、何かしら新しい記事があります。本ブログは他にあり、読み切り本気記事はタイトル・サブタイトルが「|」の形で更新情報をお伝えします

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開放精神医療の正体|僕はそれを妻から聞いた

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父は、また別の精神病院に私を連れて行った。「病院長は有名な人で、本も出しているらしい」と父親は言った。病院長は元気な笑顔の人だった。院長専用の診察室には絵や写真が飾られ、キャンバスが立っていた。

幻聴がないか聞かれた。ない、と答えた。それで院長は、診察の必要を感じなくなったらしい。「ちょっと、雑談してリラックスしてもらおうかな」と言うと、立ち上がり、診察室にかけてあった自分の絵の説明を始めた。

約30分続いた診療は院長の趣味である自作画についてのおしゃべりで費やされた。最後の方は「この病院は、古い体質の病院とは違って、僕が患者さんとカラオケや社交ダンスを一緒にやったりするような新しいタイプの精神病院で・・・・・・」と自分の病院の自慢話に変わった。拒食症のことも亜空間のことも聞かれなかった。

二回目は、院長は最初から私のことを何も聞こうとせず「僕は、子どもの頃から絵の賞をよくもらっていてね・・・・・・」というような話ばかりだった。・・・・・・もちろん症状はよくならなかった。

矢幡洋・著『病み上がりの夜空に』 【第3回】妻の章―亜空間(その3)---私が、治療者になる?精神の病だらけの人間に、心理療法などできるだろうか | 立ち読み電子図書館 | 現代ビジネス [講談社]

 

日本で一番先進的だったはずの開放精神医療の話を直接聞いた

 僕は、とても複雑な気持ちだ。妻と交際してるときに、彼女が通院していた精神科病院の面接というのがこういうものだったということを聞いた・ ・ ・そして、その病院は、僕が精神科病院に勤務していた頃に、 「開放精神医療を日本で初めて実現した病院」と位置づけられており、ほとんど聖地に近い存在だったのだ。そこの病院長が書いた「開かれた病棟ナントカ」(題名も正確には覚えていないほど古い本だ)と言う本は、僕たちの間ではバイブルとされていた本だったのである。


 その病院が売り出していた頃に通院しており、しかもその病院長が僕の彼女の主治医だったという。しかも、彼女の口から出る言葉は、診察室を自分の絵でいっぱいにした挫折した芸術家崩れが患者さん以外は誰も見ないであろう自分の絵をとうとうと自慢して聞かせる風景だった。どんなに話を聞いても、そこには信念を持ったたくましい改革者どころか、仕事の場を自分のプレイランドと化しているお気楽な人間に過ぎなかった。

「改革者」はただのお気楽趣味人だった

 立派な理念を口にする人間が、必ずしも立派な実践者だとは限らないことぐらいは知っているつもりだったが、まさか、こんなところでその例を聞くとは。


 その時までに、僕は精神医療の世界に10年近く足を突っ込んでいた。そして、開放医療と呼ばれるところの実態は大方わかっていた。

 

入院者を選別して「手のかからない患者」だけを集める-その上に立つ開放精神医療


 それらは、すべてが私立精神科病院だったのである。つまり、 「私立だから」ということを口実にして、入院者を選ぶことができる。僕が半年ほど仕事をしたある病院はやはり「うちは開放的」と言うことを言っていたが、入院時に暴れるような入院者はことごとく入院を断っていたのである。言ってみれば、症状の安定した扱いやすい入院者だけを選んでいた。結局、開放医療とは、そのような「扱いやすい入院者だけの選別」を行い、その上に立って成立するものでしかなかったのではないか。

 

その対極には公立精神科病院の触法患者病棟があった


 これに対して、公立精神科病院はまるで事情が違っていた。公立病院は、どんな入院者でも断ることができなかったのである。僕は、公立精神科病院の触法患者専用の病棟に勤務していた経験の長い男性看護師(引用した箇所の次の章で「安室」と言う仮名で登場する)から、 「深夜勤務のその病棟の巡回のときには、男性看護師が2人で背中と背中をくっつけどこからも隙を見せないようにして回るようにしていた」と聞いていた。そこまでやっても、事故は起こったのである。ある晩、 1人の入院者がビンを叩き割り、別の出ている入院者の顔に突きたてた。被害者のほうはそのまま失明した。

偏見は持って欲しくない。普通の精神科病院は静かすぎる場所だ

 精神科病院に縁のあるものとして、偏見はもって欲しくないと思う。おそらく、普通の人が想像する以上に、精神科病棟というのは、暴力など滅多なことでは起こらない。むしろ、精神科病棟で1番困ることというのは、 「静かすぎる」ことなのだ。

「皆さん、院内作業の時間ですよ」そう声をかけても、病室によっては、全員頭から布団をかぶり誰1人として返事をしない。活動へと促すために職員は四苦八苦することになる。触法患者専用の病棟の話などは、精神科病院の中でも極めて特殊な話なのだ。そうは言っても、 「暴力行為等、全く起こらない]と言ったら、それはウソだ。症状が悪化すれば、怒りっぽくなる入院者は何人かは存在した。そして、開放精神医療とは、そのような入院者を排除して、行動の安定した入院者だけを集めたうえに成立していた。公立精神科病院から見れば、僕の勤務していた病院などは、 「薬をした上に、うまい宣伝文句を思いつきやがって」としか見えなかったかもしれない。

今は病院改革よりも、地域医療へと流れは変わっているのか

 もちろんこれは、もう20年以上前の話だ。今の精神科病棟が一般的にどんな風になっているのか僕はよく知らない。良い薬が増えて、大声を出す入院者など滅多に存在しない静寂な場所になっているのかもしれない。そして、病院を開放的に改革することよりも、通院治療の方が一般的になり、地域の中での治療のほうに重点が置かれている時代になっているのかもしれない(そして、ほとんど入院者の選別を行わずに、しかも自由度の高い医療を実践している精神科病院もあると聞く)。

「良心的」を謳うところへの不信感

 だが、昔の「開放精神医療」の実態を目の当たりにすると、僕の中にはある猜疑心が生まれてしまった。精神科病院に限らない。およそAという問題を扱っている治療・療育施設において、 「うちは、こんなに良心的にやっている」というようなことを宣伝するところは、実は、「A」が軽症で手のかからない入所者だけを集めているだけの話なのではないか。そしてAを扱う領域全般としては、ほとんど世間には表沙汰に出せないようなレベルのところが影のように存在しているのではあるまいか。


 もちろん、杞憂であってくれれば良いと思う。そのような「良心的」を売り物にするところが、入所者の選別を行わなくても十分に「良心的」であることを願いたい。

錦の御旗を振り回さなくても優れた精神科医は十分開放的だった

 だが、ひとつ胸に刻んでおきたいことがある。それは、 20年以上前にも、入院者を選べない公立精神科病院であっても、個人的に「開放精神医療」を実践していた精神科医を僕は何人か見ている。彼らは、入院期間を可能な限り短くし、入院中は極力本人の意思を尊重し、その上で事故も起こさなかった。そういう人に限って「開放精神医療」などと華々しく旗を振ります事はなかった。ただ、黙々と、他の精神科よりも時間をかけて丁寧に入院者と接していた。


 バイブルだった「開かれた病棟ナントカ」よりも、僕はそのような寡黙で良心的な職業人の姿を胸に刻んでおこうと思う。