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矢幡洋の精神医学と心理学

学術的なことをかみ砕いたり、日常生活にお役に立てる知識まで幅広く扱います。これまで出した本の初期稿(出版されたものより情報量は多いです)や未発表原稿を連載しますので、何かしら新しい記事があります。本ブログは他にあり、読み切り本気記事はタイトル・サブタイトルが「|」の形で更新情報をお伝えします

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自殺未遂者と共に暮らすということ | 何故か僕は妻のことをそれほど心配していない

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自殺の最も危険な要因とは何だか知っていますか?

 

 うつ病・アルコール依存・孤独・喪失体験・高齢・事故を繰り返すこと・ ・ ・自殺の危険性を高める要因は色々とあります。そして、最も自殺の危険因子として大きなものは何でしょうか?それは、過去に自殺未遂の経験があることです。自殺未遂者の十人に1人は、せっかく一命をとりとめたも、のちに自殺によって生涯を終えます。わが国の自殺予防の前者である高橋祥友は、ざっくりと「自殺未遂者が、将来、自殺によって生命を落とす危険は、一般の人の数百倍も高い」と述べています。

 

僕のそばには自殺未遂者がいる

――死のう。

夜の冬の風がどっと吹き、腫れ上がった頬に吹きつけ、ひりひり痛ませた。地面がぐらぐら揺れた。等間隔に並んだ街灯が、国道をあの世へ続く道のようにぼんやり照らしていた。地べたがアスファルトに変わると、頭がふらふらする感覚はようやく失せた。

――死のう。

風は激しく吹いていた。冷気は全身に容赦なく忍び込んだ。どこに向かうのか考えがまとまらないまま、いつもこっそり泣いている場所に向かっていた。すぐに家に戻れる場所では容易に見つかってしまうと気がついた。夜の空間を見渡してみると、行ったことのない方向に、月や星の光におぼろげに照らされた樹林の暗い影がそびえているのが見えた。

――死のう。

矢幡洋・著『病み上がりの夜空に』 【第2回】妻の章―亜空間(その2)---死のう。誰にも邪魔されない場所で、静かに消えよう。 | 立ち読み電子図書館 | 現代ビジネス [講談社]

 

 


 これは,妻の10才の時の体験を書いたものです。
 

 では、僕は、毎日を「一般の人よりも自殺の危険が数百倍も高い」人と暮らしていることになります。

 

「また自殺を試みる危険性」を決めるもの


  なんといっても、 10歳、小学校4年生です。自殺の方法に関するいろいろな知識があるわけではありません。彼女が取った手段は、ただ寒い冬の日に誰にも見つからないところでじっと横になっていれば凍死できるだろう、と言うものでした。自殺の方法としては、単純すぎるかもしれません。


  しかし、高橋祥友は、ことに子供の自殺に関しては、 「大人の目から見て、本当に確実に死んでしまうような方法だったのか」という客観的評価ではなく、 「本人が、どこまで『これなら、死ねる』と言う確信を持っていたか」という「死ぬ覚悟の強さ」に注目しなければならないとしています。そして、自殺未遂の経験がある人の自殺予防のためには、過去の自殺未遂の時のきっかけ・心境・方法などについての情報が重要である、としています。

 

子どもが自殺を思うとき

 


 自殺への思いは、まず、非常に普通で辛い現実があり、そこから逃れようとすることで始まる、とされます。そういう意味で言えば、ほぼ虐待と言ってよい家庭環境にあった妻が、本気でそこから抜け出すつもりであった事は確かだと思います。また、サバースは、子供が自殺を試みる背景には、その子供が、かけがえのない唯一の存在として家族から遇されるか、 「取り替えのきく子供」と言う役割を割り振られている、と言う状況を指摘します。また、家族療法のリッチマンは、家族各人がことしての独自性を尊重されず、強制と分離不安によってかろうじて病的なバランスを保っている家族の中で、家族性の1人が思春期などで自立を試みようとすると、それが「家族のなかの厄介者」として取り扱われる、と指摘しています。いわゆる、 「家のすべての問題は全部こいつのせいだ」とスケープゴートとすることによって(こうすることによって家族は分離不安を解消して病的なバランスを保ち、密かな罪悪感を和らげ、合理的な問題解決に着手することを回避することができます)家族はようやくバランスを保つのです。そして、妻の一家のなかの立場もまさにスケープゴートでした。

 

自殺のサイン


  こうしてみると、 10歳の少女の自殺未遂は「本気」でした。果たして、妻のなかには、その後もずっと自責の念や死への願望が慢性的に続いていきました。


  このような状況を見ると、僕は、いわゆる「自殺のサイン」に始終気をつけなければならないことになります。 「自殺をほのめかす」 「大切にしていたものを処分してしまうなど、別れの準備をする」 「重大な事故になりかねない危険な行動を行う」 「関心事に興味を失う、友人との交際を止めて引きこもりがちになる、いつもなら簡単にできるようなことが集中できず達成できない、学校・仕事の成績が急に落ちる、不安・イライラ感が増す、落ち着きがなくなる、投げやりになる、身だしなみを気にしなくなる、自己管理が手抜きになる、睡眠・食欲不振・体重減少などの身体の不調の舞台が多くなる、実際にそれほど危険が高くなものであっても自傷行為に及ぶ・・・これらの変化が短期間に起こる」などです。

 

レリジエンスを重視する心理学



  では、実際にはどうでしょうか。実は、僕は、妻が本当に自殺しようとすると言う事をほとんど現実にあり得ることとして考えたことがありません。僕は、鈍感すぎるのでしょうか?
僕は、妻のレリジエンスを信頼しているのだろうと思います。レリジエンスとは、いわば「負の力を跳ね返す心のたくましさ」です。うまく言葉にできないのですが、たとえ体調不良や鬱気分を訴えられても、伝わってくる生命力のようなものがあるのです。

 

生きる力が積み重なる


  そして、僕は、妻の気持ちを良い方向にもっていく確実な方法をいくつか知っています。好きな動画をyoutubeで見る事、昔の少女漫画を読みふけること、笑うこと、僕とおしゃべりすること・ ・ ・ 。
 これらのものが組み合わさり、妻を自殺の思いから遠ざけているような気がします。

 一方では、過去自殺未遂の経験がある人達に対して、 「自殺のサイン」を見逃さないようにすることも必要でしょう。しかし、それとは別に、 「生きる力を与えてくれるもの」をより強化する、ということも大切だろうと思います。