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矢幡洋の精神医学と心理学

学術的なことをかみ砕いたり、日常生活にお役に立てる知識まで幅広く扱います。これまで出した本の初期稿(出版されたものより情報量は多いです)や未発表原稿を連載しますので、何かしら新しい記事があります。本ブログは他にあり、読み切り本気記事はタイトル・サブタイトルが「|」の形で更新情報をお伝えします

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解離性障害は精神医学のオカルトか | 多重人格とか、記憶喪失とか

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解離性障害の前身は19世紀の「ヒステリー」

 

 解離性障害という精神医学の言葉を聞き、 「なんだろう? 」と思われた方がいらっしゃるかもしれません。とりあえず、 「 19世紀に『ヒステリー』と呼ばれていた精神疾患の後継者である」と説明しておきます。

 

多重人格・記憶喪失・現実感喪失・・・


  解離性障害という大きな括りの中であげられるのは以下のようなものです-「解離性同一性障害」 (いわゆる多重人格) 「解離性健忘」 (苦痛に満ちた出来事の記憶が欠落することです) 「離人感・現実感喪失障害」(自分自身が自分から寄らずしたような感覚や、周囲の世界が突然身近でなくなり本物だと思っ感じられなくなるような現象)などです。

 
 最後のものとしては、私の妻の思春期の体験談から紹介しましょう。自著の紹介の目的を否定するつもりはありませんが、クライアントさんの例を軽々しく出すわけにも行かないのです。

体育の時間だった。炎天下であった。私は目眩を感じて、視線を落とした。もう一度視線を上げたとき、全てが変わっていた。

そこには、校庭のトラックを生徒が走ってゆく、いつもの見慣れた光景があった。だが、目の前で生きた人間が走っているという生々しい感覚がなくなっていた・・・・・・ロボットたちがプログラム通りにカチカチと規則正しい機械音を立てながら移動している。あるいはそれは、映画の一シーンに見えた。現実感が消えていた。

非現実の光景はどんどん歪曲されていった。視界のすべては、ナチスの強制収容所でユダヤ人たちが走らされているという古い映画の一場面だ。

矢幡洋・著『病み上がりの夜空に』 【第2回】妻の章―亜空間(その2)---死のう。誰にも邪魔されない場所で、静かに消えよう。 | 立ち読み電子図書館 | 現代ビジネス [講談社]

 

 『まとまった連続性のある『ひとつの塊』=自分が怪しくなる現象っていうか  


 実にひとくくりにしにくいのですが、多少無理に定義してしまうと次のようになるでしょうか。
 私たちの日常では、 「自分というものは世界の中にあり生まれた時から延々と続いている『まとまったひとつの塊』である 」と言う感覚があります。普段は気がつかないほど当たり前すぎる基本的な感覚です。しかし、この基本的感覚が揺らいでしまう病的心理状態があり、それを解離性障害と言う言葉でまとめることができます。例えば、 『自分は1つではなく、複数の自分が存在する』 『過去のある部分がどうしても思い出せない』 『現実が、偽物の非現実であるかのように感じられる』などの体験です。

 

過剰な好奇心にさらされる解離現象

  こう書くと、たちまち皆さんの興味を過剰にひいてしまいそうです。 「ああ、よくドラマやミステリー出てくる多重人格って解離性障害の1つなんですね。何かのはずみで、 『交代人格』が現れるんでしょう? 」 「映画でよく出てくる記憶喪失って解離性障害なんですね」 「ドッペルゲンガー(二重身)って解離性障害の1つですよね」 「医者から深刻な病気を告げられたときに、幽体離脱のように『離れたところから、医者から診断を受けている自分の姿を端から見ているような感じになるというのは、軽い解離性障害ですよね」 「シャーマンに死んだ人の霊が乗り移るという憑依現象とかトランス体験というものも・・・」

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DSMの中には批判が多いジャンルもある

 その通り。実は、もしかすると解離性障害の最も大きな特徴とは、 「関心をそそられる不思議さがある」ということかもしれません。でも、ちょっと待ってください。確かに、解離性障害は国際的な診断分類体系であるDSMの中にも1ジャンルとして掲載されています。しかし、DSMと言うのは、 「ほとんどの臨床家の意見が一致している精神疾患」と「議論や批判が多く、次の改定でどう位置づけられるのかわからない精神疾患」まで大きな濃淡の違いがあります。そして、解離性障害と言うのは、好奇心をそそる現象が並べられているために、一方では最も疑わしいとされているジャンルなのです。「精神医学のの中のオカルト」と言ってもいいかも知れません。

 

解離性障害と流行現象の深い関係

 DSMⅣの編集責任者だったアレン・フランシスはDSMⅤの注意書きの本の中で、独立した精神疾患群としては最後の章にゴクゴク短く触れているに過ぎません。言っていることはほとんど「怪しい診断群。近寄るな」と言うことです。

 多くの精神医学研究者に解離性障害と言うまとまりが疑問視されるのは、このような症状を訴える人たちが、暗示にかかりやすい人たちである、と言う認識があるからです。多重人格は、昔から『イヴの3つの顔』などの映画がヒットした直後に「私も多重人格かもしれない」と称する人々が大量に現れることが知られています。精神科医の中には「解離性障害マニア」というべき人もおり、このような人が夢中になって「治療」を行うことによって、 「交代人格」が確固としたものになってしまう、と言う医原性の人工的疾患であるという指摘が絶えません。

 

じゃあ私の妻の体験は何だったのかという当惑

 

 私は、アレン・フランシスの批判に賛同します。ただし、引っかかるところがないわけではありません。解離性障害の中の 「離人感・現実感喪失障害」だけは、私の最も身近な人間である妻が長年にわたりそれに苦しめられた体験があります。それは、精神科治療を受ける以前から存在していました。

 

――何を言っているの?あなたも両腕を振って、両足で走っているじゃない。

ところが、そちらに意識を向けようとすると、すっと「自分の」体という感覚が遠のいていった。自分が体を動かしているのではなく、何かの機械で操られているだけだ。自分の存在がこの世界とは何か別の世界に吸い込まれてゆく。

そっちに行っちゃ、だめ――そんな心の叫びが聞こえた気がする。だが、今や、私は自分一人しかいない古ぼけた映画館で古い映画を眺めている感覚に支配されていた。ひんやりした冷気の映画館。見ていると、スクリーンの中に自分自身の姿が現れた。あそこに、ガス室に向かってみんなの後を走ってゆく私がいる。

矢幡洋・著『病み上がりの夜空に』 【第2回】妻の章―亜空間(その2)---死のう。誰にも邪魔されない場所で、静かに消えよう。 | 立ち読み電子図書館 | 現代ビジネス [講談社]

 


  これだけ生々しい体験談を聞いてもなお、解離性障害の存在を全否定できるのか。私は、解離性障害に対する態度を決定することができません。

  

あったとしても「症状の一部」「一過性の現象」とするのが穏当か

   それでも、 「深入りするべきではない」と言う考え方には賛同できます。アレン・フランシスはさらに2つのことを指摘しています。 「離人感・現実感喪失障害だけが独立して存在することは、まずない」 「思春期の一過性の体験であることが多い」-


  解離性障害ジャンルに私が警戒して近づかないのは、妻の場合にも、このアレン・フランシスの「他の症状のなかの1部」 「年齢がたつと自然消滅していくもの」と言う指摘が当てはまるからです。妻は言います-「 10年近く、離人感・現実感喪失に苦しめられたという『事実』は覚えている。でも、その感覚を生々しく思い出せるかというと、もう忘れちゃった」